連載/「タバコの害について」のガイとの稽古 第3回
連載/「タバコの害について」のガイとの稽古 第3回
「タバコの害について」のガイとの稽古 3
「俺は間違っている」──。
ある日のレッスンでエクササイズ終了後、ガイがそう言った。何のことを間違っていると言ったのか、私は聞き返さなかったが、内心、ニヤッとした。「何かが違うぞ」という引っ掛かりが生まれた程度なのかも知れない。
が、しかし、ガイはきっぱりと、また力むことなく「俺は間違っている」と言ったのだ。私はちょっと驚いてもいた。
長いつき合いになるが、これまでのガイのキャラクターのなかにこう言い切る言葉は見当たらない。プライドの高い俳優たちからはなかなか聞かれない言葉だし、俳優じゃなくとも、年齢を重ね、キャリアを重ねるにつけ口からは出てこなくなる言葉でもある。
それからしばらくたったある日のクラスでのこと。
〈図書館に調べ物をしにやってきた〉というごく簡単なエチュードをやった。
まず、エチュードについては少し書いておきたい事がある。
長いこと芝居をやってきた俳優たちのなかには、〈エチュードは養成所の生徒たちがやることで、キャリアのある俳優のやることではない〉と思っている人たちがたくさんいる。
しかし、音楽家であれ、バレエや舞踊家であれ、基礎練習は欠かせないものだ。
例えば画家のデッサンの勉強を考えてもらいたい。
画家が描写力を身につけるまでにどれほどデッサンの勉強をするか・・・。そして力をつけ、作品が評価されるようになったあとでさえ、いろいろな形でデッサンの力は磨かれていく。
俳優の演技にも画家のデッサンと同じように時間をかけてきちんと身につけなければならない演技の基礎というものがあるのだ。それは若いときにやったからもう必要がないというものではない。
何より、日本の俳優教育に欠けているのがこの「演技の基礎」なのだ。
さて、話はガイのエチュードである。
ガイは丁寧にエチュードに取り組んでいる。悪くない。だが見終わったあと、私は〈俳優に求められる集中〉について話をした。集中の仕方から見直しをはじめよう。
舞台上の空間のなかで、俳優は特別な集中力を求められる。
多くの日本の俳優は気持ちを内側に向けて演技するので、身体が閉じた状態になりやすい。
目が自分の内側を向いてしまって、外の世界を見ていない。相手役も見ていない。
まあ、相手のセリフも聞いていないのだが・・・。
自分の集中の妨げになるようなものは一切無視してしまう。ある意味、それが集中することだと勘違いしているのかも知れない。
しかし、俳優はリアリストでなければいけない!
課題をはじめる前に、まず自分の外の世界を見よう。客席がどうなっているのか、舞台上に何があるのか、何が見えるか・・・。まず、自分がこれから出ていく場所をきちんと見ること。自分に取り込むこと。その上で芝居の世界に集中していくのだ。
大きな想像力と強い集中力、そして、その世界にいること──。
ガイは「集中の仕方が違っていた。実際に目に見えるものを見ないようにしていた」と言ってすぐに納得した。その後エクササイズをはじめた時には、これまでのやり方を変え、時間をかけて自分の周りをよく見はじめた。ガイの目が生きた目に変わった。すると顔つきが変わった。表情が開いている。ああ、ガイの存在が変わってきた!
さて、数日後のシーンワーク。
クラスで「タバコの害について」がはじまる。ニューヒンはどう登場してくるのか・・・! うん? あれ? そこには混乱したガイの姿があった。そうか、なるほど・・・。
集中の仕方が変わったことで、身体の状態も変わる。以前のようにセリフを語ることができなくなる。何をどうはじめて良いのか分からなくなってしまったようだ。
とにかく今、ガイに大きな変化がうまれている!
こうなったとき俳優は最悪! しかし、こうなってからが楽しみ! ようやく新しい稽古ができるかも知れない!
(つづく)
「タバコの害について」のガイとの稽古 第1回へ
「タバコの害について」のガイとの稽古 第2回へ
チェーホフ「熊」の舞台写真は下記のリンクへ
中目黒・楽屋公演 咲良舎ランチシアター「チェホンテ・ア・ラ・カルト2」舞台写真
中目黒・楽屋公演 咲良舎ランチシアター「チェホンテ・ア・ラ・カルト1」舞台写真
追記 2013年12月22日に、SAKURA ACTING PLACEでは体験ワークショップを開催いたします。
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「タバコの害について」のガイとの稽古 3
「俺は間違っている」──。
ある日のレッスンでエクササイズ終了後、ガイがそう言った。何のことを間違っていると言ったのか、私は聞き返さなかったが、内心、ニヤッとした。「何かが違うぞ」という引っ掛かりが生まれた程度なのかも知れない。
が、しかし、ガイはきっぱりと、また力むことなく「俺は間違っている」と言ったのだ。私はちょっと驚いてもいた。
長いつき合いになるが、これまでのガイのキャラクターのなかにこう言い切る言葉は見当たらない。プライドの高い俳優たちからはなかなか聞かれない言葉だし、俳優じゃなくとも、年齢を重ね、キャリアを重ねるにつけ口からは出てこなくなる言葉でもある。
それからしばらくたったある日のクラスでのこと。
〈図書館に調べ物をしにやってきた〉というごく簡単なエチュードをやった。
まず、エチュードについては少し書いておきたい事がある。
長いこと芝居をやってきた俳優たちのなかには、〈エチュードは養成所の生徒たちがやることで、キャリアのある俳優のやることではない〉と思っている人たちがたくさんいる。
しかし、音楽家であれ、バレエや舞踊家であれ、基礎練習は欠かせないものだ。
例えば画家のデッサンの勉強を考えてもらいたい。
画家が描写力を身につけるまでにどれほどデッサンの勉強をするか・・・。そして力をつけ、作品が評価されるようになったあとでさえ、いろいろな形でデッサンの力は磨かれていく。
俳優の演技にも画家のデッサンと同じように時間をかけてきちんと身につけなければならない演技の基礎というものがあるのだ。それは若いときにやったからもう必要がないというものではない。
何より、日本の俳優教育に欠けているのがこの「演技の基礎」なのだ。
さて、話はガイのエチュードである。
ガイは丁寧にエチュードに取り組んでいる。悪くない。だが見終わったあと、私は〈俳優に求められる集中〉について話をした。集中の仕方から見直しをはじめよう。
舞台上の空間のなかで、俳優は特別な集中力を求められる。
多くの日本の俳優は気持ちを内側に向けて演技するので、身体が閉じた状態になりやすい。
目が自分の内側を向いてしまって、外の世界を見ていない。相手役も見ていない。
まあ、相手のセリフも聞いていないのだが・・・。
自分の集中の妨げになるようなものは一切無視してしまう。ある意味、それが集中することだと勘違いしているのかも知れない。
しかし、俳優はリアリストでなければいけない!
課題をはじめる前に、まず自分の外の世界を見よう。客席がどうなっているのか、舞台上に何があるのか、何が見えるか・・・。まず、自分がこれから出ていく場所をきちんと見ること。自分に取り込むこと。その上で芝居の世界に集中していくのだ。
大きな想像力と強い集中力、そして、その世界にいること──。
ガイは「集中の仕方が違っていた。実際に目に見えるものを見ないようにしていた」と言ってすぐに納得した。その後エクササイズをはじめた時には、これまでのやり方を変え、時間をかけて自分の周りをよく見はじめた。ガイの目が生きた目に変わった。すると顔つきが変わった。表情が開いている。ああ、ガイの存在が変わってきた!
さて、数日後のシーンワーク。
クラスで「タバコの害について」がはじまる。ニューヒンはどう登場してくるのか・・・! うん? あれ? そこには混乱したガイの姿があった。そうか、なるほど・・・。
集中の仕方が変わったことで、身体の状態も変わる。以前のようにセリフを語ることができなくなる。何をどうはじめて良いのか分からなくなってしまったようだ。
とにかく今、ガイに大きな変化がうまれている!
こうなったとき俳優は最悪! しかし、こうなってからが楽しみ! ようやく新しい稽古ができるかも知れない!
(つづく)
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中目黒・楽屋公演 咲良舎ランチシアター「チェホンテ・ア・ラ・カルト2」舞台写真
中目黒・楽屋公演 咲良舎ランチシアター「チェホンテ・ア・ラ・カルト1」舞台写真
追記 2013年12月22日に、SAKURA ACTING PLACEでは体験ワークショップを開催いたします。


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