守輪咲良活動日記No.24 基礎がなくても芝居ができてしまう日本の現状

基礎がなくても芝居ができてしまう日本の現状



 1月8日から始まった第14回12週間クラスは、今、ちょうど半分のレッスンが終わったところ。結局テキストを、予定していた「わが町」から「ガラスの動物園」に変更して、役作りへのプロセスに取り組んでいる。今回このプロセスには初の挑戦となる! 果たして12週間でどこまで進むだろうか、やってみなければ分からないと腹をくくってスタートさせた。基礎がどこまで身についたかにかかっているからだ。まずは舞台上のいわゆる〈与えられた状況〉〈役〉として場にいることからはじまったが・・・。やってみてすぐに〈役〉に入っていくことが怖いという声があがった。これは経験のある人なら分からなくはないことだ。〈役〉として行動し、セリフを語るとき、自分自身のこだわり、しがらみ、プライド、そういう要らないものを捨てなければ〈役〉としてはいられない。役者にとって、自分がしがみついている何かを手放さなきゃならなくなる瞬間、これが怖い! 

 日本の俳優教育では、この〈役〉を演じるということをちゃんとやっていない。結局、多くの俳優はだいたい自分の楽なところで芝居をしたり、役者によっては気持ちいいところでやるようになる。俳優に必要なリラックスを、芝居を楽にやることと取り違えているのではないだろうか? 演技の基礎がない。でも、悲しいことに現場では、俳優がそれなりに魅力的であれば、演技はそれですんでしまう。〈役〉を演じるための勉強をしたいと思っている役者たちも多いはずだが、それには演技の基礎をきちんと身につける必要性がある。でも、どこかの劇場で一度芝居を始めてしまうと、基礎の勉強にはもうなかなか時間をかけられなくなってしまう。基礎がなくても芝居ができてしまうのが日本の現状だ。

 劇団櫻花舎時代、私たちはまだまだ基礎の勉強が必要なうちに、渋谷ジァンジァンで連続上演の公演活動をはじめた。客席の前で舞台に立つという緊張感を体験しながら、基礎を積み重ねていきたいと思っていた。でも10年単位くらいの心がけでじっくりやっていくのでなければ無理。反省は多い。渋谷ジァンジァンマリヴォーの連続上演が決まったとき、最初の3本は2ヶ月に一本という信じ難いペースでやるようにと、劇場側から私たちに試練が与えられた。死に態になりながらもその試練に耐え、3本目でガラガラだった客席が埋まるようになり、客席に笑いがおこりはじめ、私たちはこの連続上演をさらに続けることになった。それは3ヶ月に一本のペースという、別な戦いのはじまりだった。こうなるともうどうしようもない。次から次へと公演活動が続き、パンクするまで坂を上って行くしかなくなる。どこかで休んで基本に戻るなど、とてもできるものではない。今更ながらの反省だが、基礎はやっぱりしっかり身についてから活動をはじめるべきだと思う。でも、あの当時はそれをやっていたらマリヴォーの連続上演はできなかったとも思う。

 昨年12月の日露演劇会議のシンポジウムで、現在の日本の演劇教育における問題点として、「俳優の基礎訓練を繰り返していく忍耐力がない」ことが話題にあがった。すぐに次のことをやりたがるし、発表会やら本番への目標への切り替えになってしまう。実際、少し演技のことが分かってきたな、これからだなと期待していると、事務所探しに忙しくなったり、公演活動が忙しくなったりして、レッスンから遠ざかっていく人が後を絶たない。本当に残念だ。


 (守輪咲良)


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プロフィール

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Author:sakuramoriwa
守輪咲良。演出家。演技私塾「櫻塾」代表。劇集団「咲良舎」主宰。日本演出者協会会員。一般社団法人日露演劇会議・常務理事。明治大学文学部卒。札幌市出身。

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